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蝉の抜けガラ

今日も朝から ミンミンミン
午後も泣いてる ツクツクボーシ

こんな大合唱の下にいて
君はなんだか寂しそう
こんな輝く世界の中で
君はなんだか悲しそう

とっちゃいなよ そのマスク
はずしちゃいなよ フェイスシールド

ほらあの蝉たちは 抜けガラなんか
もうくっつけてない 楽しそう

その抜けガラを 踏んづけて
一緒に歌おう ミンミンミン
その抜け殻を 踏みしめて
一緒に笑おう ツクツクボーシ

明日、これじゃあ学校行けないって?
明日、このまま会社に行けないって?

もう、いいんだよ
人の目なんか 気にしなくても
だってほら
あの蝉たちも 戻れない

もう、いいんだよ
人の目なんか 気にしなくても
あの蝉たちも 僕たちも
いつか抜けガラ ナキガラに
たどり着く道 一本道

笑ってごらん めー一杯
歌ってごらん 大きな声で
輝く夏に その瞬間
君は生きているのだから

とっちゃいなよ そのマスク
はずしちゃいなよ フェイスシールド

僕らは蝉の抜けガラを
踏んづけたって かまわない

▼批評・マエケン先生▼
このポエムは、蝉の鳴き声を心地よく響かせながら、読者にすんなりと入ってもらえるようデザインされている。
また内容としては、必死に感染症予防に取り組んでいる、このような社会の中で生きる我々のあり方に疑問を呈し、
書く個人が、生まれた意味と向かい合い、自分らしく生き抜かねばならないという視点で、我を忘れて、無我夢中になっている、このような社会に疑問を投げかけ、それでよいのかと、果敢に問題提起している。
文中では、蝉の命のはかなさと、人間の命のはかなさを比べながら、有限な時間を、めーいっぱい生きようとも投げかける。
このポエムが後半の展開で哲学的になる支店から考えると、おもしろいのは、マスクやフェイスシールドが、決して具体的な「物」」だけを表しているわけではないということだ。
そう、蝉のヌケガラとは、文字通りのマスクや、フェイスシールドの意味を超えて、現代社会で自分を表現できずに、閉じこもっている人のから(心のバリアー)を表している。
最後の一文、「僕らは蝉のヌケガラを踏んづけたってかまわない」が表す物は、
そんな「心の壁」を崩してほしいという、作者の願いが込められている。
あなたにもきっとある、心の壁、ここから一緒に破っていきませんか?

Poem001 ホカホカ奇跡 
Poem003 つづれさせコオロギの歌 

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