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つづれさせコオロギの歌

お日様が沈む頃には
ビービービー
お隣の おうちの庭でも
ビービービー

夏の終わりの プロローグ
冬の始めの エピローグ

またあっちでも
ビービービー
またこっちでも
ビービービー

そう、その声は
「つづれさせ」
僕らに促す 冬支度(ふゆじたく)

秋も深まり
コロコロコロ
なんかかわいい
コロコロコロ
でも知ってるかい
ホントは怖いえんま様

あ、知ってるよ
この夏に
君がついたあの嘘を
君が隠したあの闇も

だからそう
口を隠して ビービービー
一緒に歌おう ビービービー
早く 急いで 冬支度
夏のあの嘘
忘れちゃおう
夏のあの闇
消えるまで
一緒に歌おう ビービービー
一緒に眠ろう ビービービー

今、君が笑った
今、僕も笑った
すべてを許せた この歌は
ああ、
晩秋の子守歌
そう、
つづれさせコオロギの歌

▼批評・マエケン先生▼
今回のポエムも、虫の鳴き声を表現に用いることで、自然と心地よい周波数の中に、読み手を取り入れようとした、いつものフォネティックデザインだ。
作者にとって、音楽と詩は切っても切り離せないものであり、結局の所は歌なのであろう。
まずは「つづれさせコオロギ」とはどんなコオロギなのか。このコオロギは、体長が2センチくらいで、特に関東平野部でも多く見られ、おそらくもっとも多くその鳴き声が聞かれている。大体8月から12月の初めまで泣くが、「ビービービー」と、特に夏の終わりには元気よく泣く。空き地や庭先、ちょっとした道の陰にも生息している定番のコオロギだ。
昔から、その声を「肩させ、裾(すそ)させ、綴(つづ)れさせ」と聞きなして、人々は着物のほころびを縫(ぬ)い直して冬支度をしたそうだ。このコオロギの名前はそれに由来している。
このポエムで、作者は、その泣き声を巧みに用いて、「いよいよ冬支度しないと…」といった場面を設定する。
そしてエンマコオロギの鳴き声が追加されたことで、ようやくポエムの内容が展開される。
エンマコオロギは、その顔がえんま様のように怖い顔押しているから、エンマコオロギと名がつけられている。今回のポエムでは「いわば、君」という登場人物の裁判を行おうとするえんま大王なのだ。
何の裁判?それは「君」という人物が夏についた嘘が有罪か、無罪かの裁判であろう。
「哲の道を説く作者」ならば、嘘というものは絶対に許すはずはない。
ところが、この話し手は、「しってるよ、君がついたあの嘘を」と言った後に、「君が隠したあの闇も」と言っている。
そこが重要なポイントになる。実は「君」という人物は「嘘」をついたという罪に、すでに「闇」という罰を受けているのだ。
話し手はそれがわかっているから、えんま様に舌を抜かれないように、口を隠してビービービー、一緒に歌おうビービービー、
夏をさっさと切り上げて、冬支度ををしようと言っているのだ。
そしてこの音は、やがてこの二人を眠りへと誘い込み、
すべてを無罪に変えていく…。それが「晩秋の子守歌」なのである。
眠りに落ちそうな瞬間、ほほえみ合う二人の顔が想像できたなら、そこがこのポエムのクライマックスだ。
この作品は、季節をシンボライズしているが、「夏」は活動の時、「冬」は求刑、休みの時である。
人は、その日常の中で、時に嘘をつくかもしれない、時には感情に身を任せ、誰かを傷つけることがあるかもしれない。でもそのことにしっかりと自己で向き合い、反省できたなら、そんな「闇という罰を背負ったなら、
もう前に進んでいいのだと、一晩寝たら、もう前に進んでいいのだと、そんな風にうったえている作品なのかもしれない。
あなたもここから一緒に前に進んでいきませんか?

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