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あの波のように

また波が
テトラポットにくしゃみして
ほら怒られた
あの船虫たちに

憎まれても
けなされても
波はそのくしゃみを繰り返す
ザブーン バシャーン
ザブーン バシャーン

ああ、いつになったら
終わるの そのくしゃみ
もう、やめてよ
風邪移さないでよ

船虫たちは
ずっとずっと
そんな話をしてきた
そう、何万年も昔から

君は知っているだろうか
君が生まれる前から
あの空があり
この海があったことを

君は覚えているだろうか
あの深い海の中に
仲間たちが消えていったことを

でも船虫たちは
明日を生きることで精一杯
そう、僕たちも
明日を生きることに一生懸命

でも、ちょっと待って
あの小さなくしゃみに
一つ笑顔を預けてみないか
あの大きなあくびに
一つ夢を見させてみないか

何億年も 変わらないその営みに
心を白く濁らすよりも
輝く形を 一つずつ
この景色に残してみないか

今君が生きている
その証は
君にしか残せないのだから

歌ってみよう おなかのそこから
踊ってみよう 力一杯
書いてみよう あふれる夢を
描(えが)いてみよう 輝く世界を
ほら、できることが
いっぱいある…

あ、また船虫たちが
集まって
くだらない話をしている

君はもう
そこにいなくていいんだよ
ほら、くしゃみが出るなら
出してもいいんだよ
今君は
あの波のように…
そう、
あの波のように
…自由だ

▼批評・マエケン先生▼
「波」とは、地球規模で起こる自然現象であり、地球上で生活する生き物はその個体差に左右されることなく、ただ無力と言えるだろう。
ここで作者は、この「波」がクシャミをすると言って、擬人化しているが、これはなぜだろうか?
実はここに、コロナ下で生きる我々の時事的な問題を含ませているのだ。
周知の通り、過去人類誕生から、何万年もの間、人々はウイルスと共存してきた。
その間に、毒性の高くなったウイルスは何度も発生を繰り返してきた経緯がある。
しかし、ウイルスもバカではない。人体に入って増殖するためには、人類を滅ぼしては自分たちが生きられないのだ。
必ず、自らが毒性を減少させ、共存の道を選ぶことになる。
このような生物間で作用しあう現象もまた、地球規模で繰り返される、いわば「波」のようなものであり、この星で生活するどのような生き物も、あらがうことはできないのである。
つまり、あの人のくしゃみや、この人の咳に一喜一憂していること自体が、海岸に押し寄せる「波」に一喜一憂しているのも同然なのだ。
しかし、船虫たちはそれに気づかない。人間たちもそれに気づかない。
毎日を生きることで精一杯なのだ。
地球や大自然の命の長さから見れば、我々生き物の命の時間など、あまりにも一瞬ではないか。
そんな貴重な命の時間を、繰り返される自然の営みに、どこまで関わり、あらがうことに費やそうというのか。
このままでは、我々が真に生きる時間がなくなってしまわないか。
私は、あなたは何をしにこの世界に生まれたというのか。
そこで、作者は提案をする。
「あの小さなくしゃみに 一つ笑顔を預けてみないか
あの大きなあくびに 一つ夢を見させてみないか」
ここにこのポエムの核心がある。
作者は、自然現象に身を任せて、その中で、自分らしく生きようと投げかけているのだ。
その結果は、「ほら、できることが いっぱいある…」なのだ。
そこに気がついた「君」という人物は、
「あの波のように」、
何者にも左右されることなく、
真に生きるための自由な時間を手に入れられたのだろう。
作者が船虫をとりあげた理由には、
っこの船虫という生き物が、常に波にさらわれる危険があるにも関わらず、
海岸でしか生きられないという、その「サガ」が、繰り返されるパンデミックにおびえる人類のそれにたとえられると感じたのかもしれない。
いつものミクロとマクロのシンクロを小刻みに展開する、この作者の手法に、
またあきることなくお読みいただけたなら、
作者同様、きっとあなたも、人生の応え探しをしている途中なのかもしれない。

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